閏札/URUUFUDA

2022/11/16 16:14


コンセプトワークにあたって

今回は、どのような流れでコンセプトワークをしたのかを書いていきます。
旅先での素朴な疑問がきっかけ。閏札を作った理由。 のように、まず和という大枠の中でトランプを作ることを考えました。

一般的には、市場環境やユーザーのニーズなどから逆算して、商品設計をすることが大手企業になるほど多いと思います。トランプなどのカードゲームは最初から現在の形になっていったわけではなく、使う側の状況、社会背景などを踏まえてながら形を変えていったことを考えると、早い段階でそのものを規定するのもどうかな?と思ったので、極めて非効率なやり方ですが、逆算をせずインプットしながらそのときそのときで組み立て→崩す→考える→組み立てるといった流れでコンセプトを作って行くことにしました。

そうすることで、情報が更新された時に、予め設定しておいた枠に入るかという選別ではなく、出来るだけ包含できるような立て付けにしたかったことと、そうした方が予定調和にならないことで自分自身が過程を楽しめるので、それが結果的におもしろいものになっていくと考えたからです。

とはいえ、最低限の決め事は必要なので、
◯作るのはあくまでトランプであること
◯まず直感的に良いと思えること(理屈はその後)
という前提で、まずトランプとして必要な要素から考えはじめました。


作るのはあくまでトランプ


まず、最初にトランプの明確な定義があるわけではなく、一般的には♤◇♡♧を使っているものという認識ですが、もう少し解釈を広げる上で、トランプとそうではないものの線引を考えることにしました。言い換えると、既存のトランプから残すものと変えても良いものを整理しました。

結論から言うと、
・4×13枚とジョーカーの2枚の54枚の枚数
・赤・黒の2要素、マークが4つ、絵札が3つ
という構造は、最低限遊ぶ上で必要な要素として踏襲することにしました。残りの要素については絵札やジョーカーも概念は共有するけども自由度をできるだけ持たせ、コンセプトと一緒に考えて行くことにしました。

合わせて、トランプの中で疑問あるいは腑に落ちない点については、作る過程の中で補正しようと考えました。

それが階級についてで、トランプのマークはヨーロッパの階級がモチーフ化したものという説があります。例えば、スペードは騎士、ハートは僧職、ダイヤは商人、クラブは農民だと言われています。しかし、一方で絵札もJ、Q、Kという階級があるため、ダイヤであれば商人の中に王がいる構造になるため、意味から考えてみると、解釈によるのかもしれませんが、違和感を覚えました。

そのため、マークと絵札をそれぞれのレイヤーで見た時に、構造的な矛盾を感じないようにしようと思いました。

日本の文化・歴史をひたすら学ぶ


より中身に近い話では、日本で独自に進化をしていくことを考えると、おそらく当時の人たちの生活や文化の影響を受けるであろうと考えた一方で、文化と言っても時代ごとで異なるため、僕は歴史や禅などは好きでしたが文化面はそこまで見識があるわけではなかったので、まず広範に日本の和の文化についてひたすら勉強することにしました。

当然、ジャストアイデアとしては色んな要素が頭の中にはあるわけですが、それを思いつきではめて、なぜこの要素をトランプに組み込んだのか?と自問した時に、そこに意味がないと表面上で和感・和風のなんちゃってな物になってしまう。各時代で文化が形成されていく過程には、必然性があるわけでその背景や時代の流れを知ることで、なぜこの要素を使うのかという裏付けになり、そこからストーリーが生まれるので、とにかく知ることを重視しました。(あとは、自分が知ることを好きということもあります。)

そこで、古事記から江戸期までの文学や文学史、色・服装・文様・芸能の歴史など、数ヶ月ほどひたすら本を読み漁ったり、美術館に行ったりして、自分の中で情報が更新されるたびに、前に組み立てたものを崩して、もう一度組み立ててみると言った流れを繰り返していきました。(例えば、冠位十二階の色の序列自体は知識としては知ってはいるものの、その背景が中国の文化・慣習だったり、当時の色の染料が関連していたなど、直接閏札とは関係ないものの、色んな勉強になったので面白かったです。)

その中で、一周して感覚的にしっくりきたのがデザイン視点で四季の要素をかたどった文様だったのですが、日本の四季だけだとテーマとしてあまりにも漠然としているし、表現として叙景的な物より、そこに人の内面的な要素や四季・自然に対する精神性を表現できないかと考えました。そうすることで、デザインの視覚的な印象だけでなく、概念的な奥行きが出来ると。

デザイン視点での切り口は一旦そこでステイにしておき、文学作品などを江戸末期まで一通り読み終えた段階で、文化としての認知度や表現の幅の広さや抽象性から、和歌や俳諧などが良いかな?というのがイメージとして残ったので、前述の四季との表現の相性も良く、絵札だけをとっても色んなアプローチが出来そうだと思い、それまであまり興味はなかったのですが、調べることにしました。

和歌への注目と百人一首


この時点では、絵札の3種をどう構成するか?ということが固まっておらず、どうしようかなぁと思っていたのですが、和歌や俳句をよく知らないのに先に構造を固めても仕方ないので、ひとまず色々勉強してみようと思いました。

まずは、解説本もある万葉集や古今和歌集、新古今和歌集などを読みながら、おおまかな歴史背景や今とは全く違う和歌と人の関係性などを知りました。そのため、歌人を絵札に入れたら良いかもしれないと思っていましたが、どのような基準で選ぶのか?という点に悩んでおり、コンセプトを伝えて詳しい方に優れた歌人を選んでもらうなど、監修してもらうべきか?などを検討していました。

ちょうど、そのころに見た百人一首の番組で、百人一首が必ずしも百人の歌人の秀歌が選ばれているわけではなく、藤原定家がコンセプトに沿って歌を選んでいるということを知りました。その時に、自分の中でブレイクススルーした感覚があり、裏コンセプトを僕自身の百人一首にしようと考えます。一番コンセプトを理解している自分なので、自分で絵札の歌人を選ぼうと。

和歌は、歌人の背景、過去の和歌などを理解していていないと理解できないと言われていますが、僕自身は当然素人なのでよく知りません。しかし、それは僕だけでなく、現代人のほとんどの人が知りません。であれば、素人の自分がまず言葉から思い浮かぶ印象で直感的に良いと思えるものを和歌を選び、その後にその歌や歌人の背景を理解していく中でより良いと思えるような12人の歌人を絵札にしようと考えました。そのことで、カードに興味を持った人が、まず和歌の言葉自体で興味を持ってくれるかもしれない、さらにその歌人や歌の背景に興味を持つことでの奥行きを楽しむことが出来るのではないかと。

そこから、時に古語辞典を片手に、万葉集、古今和歌集から始まる二十一の勅撰和歌集、途中で気になった歌人の歌集などをおそらく4万首以上の和歌を半年ほどかけて、読んでいき、絵札の構造を整理しつつ、最終的に12首の和歌と歌人を選びました。有名な歌集は現代語訳や講釈があるのですが、それがないものもあったりしたので、自然の中で和歌を読み想像を膨らませる楽しさもありましたが、数が多いので中々ハードではありました。

一通り和歌を見て、気になった和歌の歌人の背景や知識を入れていきながら、絵札のJ,Q,Kのセグメントをどうするかということと並行して考えながら、現在の形へと落ち着いていきました。

キングに関しては、前述の階級の構造の問題と今に時代に作るトランプとして、階級的な序列のようなものよりも文化的なソフトなセグメントに出来ないかと考えていた時に、ジョーカーの解釈で13月ある和暦を念頭に置いていたので、13が閏月であったことから、正統ではない、いらないといった意味の閏の意味を拡大して社会から一歩身を引いたような存在と解釈し、出家した人物などをキングの位置に入れることにしました。

結果的に、百人一首の坊主めくりのように坊主に対するイメージもあることから、直感的に伝わるのではないかということで、狙ってやったわけではないのですが、ある程度収まるところに収まったかなと思っています。

そんなこともあり、閏札のテーマは四季の和歌となりました。(この時点で、およそ1年の時間が経過していました。)
和歌を一通り読んでみてしっくりこなかったら、次は連歌や俳句などで同じことをしていたかと思うとちょっとゾッとします。笑
(そのうち、折をみて連歌や俳句も学びたいと思いますが。。。)

あとは、デザインをディレクションして、作るだけと気持ち的にはもう富士山だったら8合目くらいの気持ちでしたが、この後に素材を和紙にしたいと思っていたことで新たな沼が待っていました。

オススメの本


池澤夏樹=個人編集 日本文学全集:写真上
日本文学の作品をただ現代語に訳すのではなく、現代人が読んでニュアンスが分かるように書いてくれている作品です。
スタジオ・ジブリの鈴木敏夫さんがラジオで池澤夏樹さんの日本文学全集の話をしていて、存在を認識していたので、
まず読んでみようと思いました。個人的に、古代に弱かったので、分かりやすく、かつ楽しく読むことが出来たので、古典を読んでみたいと思っている方の入り口として、オススメです。

陰翳礼讃(谷崎潤一郎):写真下
陰翳から日本人の美意識を描いている作品ですが、和の要素を単に出すということだけでなくどのように表現することで、その美意識や精神性を反映させることができるのか?という点で、非常に学ぶことが多かった1冊です。
特に、漆器や金屏風の美しさと闇の関係性についての言及は、自分の中では衝撃的でした。日本文化に興味・関心のある方は一度読んで見ると、学びや気付きがたくさんあると思います。